矢萩代表へのインタビュー

  • 2010年1月 1日(金)

(株)理創ホーム20周年記念にて雑誌取材のインタビューをご紹介します。

聞き手 Q:そもそも住宅造りに関わるキッカケは、なんだったのですか?
矢萩 矢萩:じつは学生の頃、都市計画にも興味はあったのですが、卒業後最初に勤めた東京の会社が、とてもすばらしい住宅を造っていて、おどろきと感動とともに住宅の世界へ、のめり込んでいきました。
 
聞き手 Q:それは、どのような住宅だったのですか?
矢萩 矢萩:ひと言でいうと、高級木造住宅です。この会社では木造住宅の奥の深さを教えてもらいました。創立者が元々建築家ですが、設計だけで手離すのではなく、工事まで自分で監理し一貫体制で行っていました。この姿勢を受け継ぎ、今でも私の仕事のスタイルも同じに進めています。
 
聞き手 Q:実際はどのような仕事をなさっていたのですか?
矢萩 矢萩:会社としては、東京中心にオフィスビルや商業施設などをやっておりました、個人住宅では、堺正章さん、南田洋子さん、北島三郎さんの家など、それ以前には、三木元首相の自邸、住友吉左衛門氏の別荘などを造っていました。

北見の近くでは、川湯の屈斜路プリンスホテルの木造旧館もそうです。

当時こんなエピソードがありました。堺正章さんのお宅への引っ越しの際、ご本人とお会いする機会がありました、テレビで見る通りの気さく方で、 井上順さんもよく来るなど話しておりました。職業がらクローゼットが大きいのと衣装の数にはびっくりしたのを思い出します。
聞き手 Q:うわー、そうそうたる顔ぶれですね、担当されていかがでしたか?
矢萩 矢萩:やはり、しっかりした技術に裏づけされて建てた家は、快適ですし長持ちしますね。 じつは以前、東京へ行った際、32年前に設計担当でたずさわった家に寄ってきました。経年により風格はでていましたが、 当時と変わらない状態で立派に建っていました。そのときは本当にうれしかったですね。
 
聞き手 Q:矢萩さんの家への深い愛情が感じられますね。では今まで何件くらい建てたのですか?
矢萩 矢萩:はい、その後北海道にもどって理創ホームを昭和62年に設立してから、今年で324棟になりますね。一棟一棟、思い出があります。
 
聞き手 Q:これからはどんな目標がありますか?
矢萩 矢萩:基本スタイルは、いままでと同じにすすめて行きます。
以前、視察した北欧・カナダへも、またいつか訪れてみたいですね。最新の北方住宅の情報を取り入れに行きたいです。これまでの経験や最新の技術に活かし、お客様へいろいろなご提案をしていきたいと考えております。
 
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